前半戦の最終戦になって、大輔らしいピッチングを見せてくれたな。まだまだ、内容については不満があるが、ともかく、打者に向かっていく気迫が見られたのが嬉しかった。今の大輔に対して、一番必要なものは何か。技術という根本的な問題もある。だが、野球に対するひたむきさが欠けているのが一番大きいような気がする。どの世界でも、一年目のあとに来るのが三年目、ここを上手に乗り切れば組織は長続きする。夫婦でも“三年目の浮気”という言葉があるように、三年目が一つの各機になっている。歴史を見ても、三代目に名君が出た時代は長続きする。徳川家は三代目の家光という名君が出て、長続きしたが、豊臣家はその逆で三代目で滅びている。野球の世界でも、勝負の世界でも同じことで、ガムシャラにやっていた一年目を乗り切り、その勢いのままで来た三年目を終えると、少しは周囲が見えてくる。プロの怖さを知り、少しずつ知恵がついてくる三年目が、一番重要な時期であったのだ。キャンプの時に見た大輔は、素晴らしい仕上がりをしていた。誰もが20勝は間違いないと思っていた。本人だって、そう思っていたはずだ。それが開幕の時期を迎えるあたりから、少しずつ変わってきてる。
 一年目、二年目は五輪予選、五輪、と優勝争いをする大事な時期に、本当の野球ができなかった。その意味では、今年はじっくりと腰の据わった9月にできるはず。開幕を前にして、オツ(西口)と大輔を呼び、入団した時の約束である日本シリーズ第1戦で投げるためにも、開幕から飛ばしてくれといって、あえて大輔を開幕投手に指名したのだ。
 だが、開幕戦のつまづきから、本人も自分がわからなくなっていたし、勝てないことによるギャップの大きさに戸惑ったはずだ。力で抑えようとすれば、するほど打たれることで、自分を見失うなら、悪い時はいくら言っても人間なんて聞く耳を持たない。頑なに自分のやり方を通そうとする。練習の姿勢にしても、とことん自分を痛め抜くことをしなくなる。コーチも自分が悪者になってまで厳しくしようとはしない。大輔に対していいコーチになろうとし過ぎてしまう。今年ほど監督という立場を離れ、一コーチとして、徹底して厳しく育てたいと思ったことはなかった。監督という立場では、全体を見なければいけないし、投手は第三球場でコンディション作りしている関係で、どうしても目が届かなくなりがちだった。もう、落ちるところまで落ちて、そこから這い上がってくるのを待つしかないと考えたこともあった。
 だが、このままではファンに対しても、指揮をとらせてくれているオーナーに対しても失礼。ともかく、一時凌ぎの特効薬として“注射”を施すしかないと思った。突貫工事で仕上げようとしたのも間違い。余分なことを考えさせないよう、試合で投げ込ませて体のキレを作っていく。突貫工事に着手したのも事実である。

 その一つが勝ち星。後藤の勝ち星を奪ってまで、大輔に勝ち星を与えたのは、勝つということが精神的な励みになり、気持ちに余裕も出て、ピッチングにいい方向にでるのではと考えたことも事実だ。
 だが、現実と自信とのギャップに本人は苦しんでいた、力めば力むほど、ボールからボールになる。いつも2−3ピッチングでは守っている野手にもリズムがつかめなくなってくる。と言って、150キロの球を100球続けられるだけの体力もできていないわけで、力で抑えることもままならない。本人も勝ちたい焦り、思い通りにならないピッチングが表情に出てしまう。二年連続の最多勝投手といっても、勢いだけで投げていた20歳の子供だ。
最近、ファンの人や関係者の間で「大輔のピッチングを見ていて、応援しようという 気持ちにならない。だから球場に来たくない。何とか抑えようという必死さがない。点をとってもらった後、力で抑え込もうとして自らピンチを作り、打たれるとふてくされたり、ニヤニヤ笑ってみたり、テレ隠しをする。一生懸命さが伝わらないから、応援していても楽しくない」
そんな声を聞くと寂しくなる。といって、大輔なしに優勝できるほど戦力は豊富では ない。苦しみながらも、何とか勝ちに結びつけることで、展望を開いていくしかない。やはり、大輔なくして、優勝は考えられないのは本当だ。
 本人もまさか10敗もするとは思っていないはず。私はシーズン20敗の経験がある。負けの中から掴むのもが多かった。
 それはそれとして、大輔とはオフに今後の自分のスタイルについて、本音でじっくり話し合わなければいけないと思っている。本人と話し合って、自分がどういうピッチャーになりたいのか。スピード優先でいきたいのか、コントロール重視のスタイルにしたいのか、そのためには最低限、何をしなければいけないのか、その方向性についてじっくり相談する必要があると思う。だが、今は戦っている時期だ。どんな形でも、勝ちを拾っていかなければいけないと思う。きれいな勝ち方はど臨んでいない。グチャグチャな勝ちでも勝ちは勝ちと思っている。
 大輔にもキレイな勝ちなど要求しない。三振をキレイに取りに行くことも求めていな い。打者にまさる気迫で向かっていってもらいた。一年目の大輔には、いつもアドレナリンが出ていた。ピンチになれば、燃えるものが相手を上回っていた。それには7月18日の日ハム戦で本人が気が付いてくれた。だから、あれだけの応援が大輔にあった。球場を去るとき、応援団の人が“今日のように気迫あるピッチングならば応援していても楽しい”というのを耳にした。少なくともオレは嬉しかった。
 勝って、優勝しないと全ての話は先に進まない。気迫を前面に出して、後半戦を立ち 向かう。大輔に“気迫”を求める以上に、自分も気迫を前面に出して戦うつもりでいる。泣いても、笑っても、あと3ヶ月のためだ。